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欲望する場所のはなし

2012.09.13.Thu

Car là où est votre trésor, là sera aussi votre cœur.
あなたの宝があるところ、そこにまた、あなたの心があるのだから

― ルカによる福音書12章34節より



 本稿では、欲望についてgdgdと書いていこうと思う。つまり、ラカンが出てくる。ラカンは難解だ。ラカニアンはもっと難解だ。それでも、高校生レベルに落とし込みたいです。脱線ばかりするので、ぜんたいてきに長くなるけれど、休みながらゆっくり読んでくださればはっぺーです。



 ジャック=ラカンという精神分析学者がおった。こう言った、

それがあったところに、私もあらねばならない


 人間の根源的な姿、もともとあったはずの本来的な形にもどろうとする「欲望」を自覚して、認めて、欠如した主体を取り戻そうとすることをよしとする。「幻想」がそれを遮断する。ラカンの言葉をつかえば、「現実界」と出会わないように阻止するのです。

 幻想にまどわされて、欲望がみたされたと錯覚する。でも、本当はみたされてない。あるいは、小乗仏教のように「大欲は無欲に似たり」と説いてみたり、ゼノンもびっくりなほどに禁欲してみたり、これらはひとつの処世術であって、悪く言えば「ごまかし」なのです。

 ラカンは言う、欲望することに妥協するな、と。欲求はみたすことができるけれど、欲望はみたされることがない。欲求は受動的(外からやってくる)で、欲望は能動的(内からわいてくる)のです。「欲望は本質的に個人的だ」といわれるように、内側からわいてくるものですから、私の欲望と、あなたの欲望は姿かたちは、大小あれども、たがうわけです。

 幻想。外からやってくる欲求を、自分の欲望だと勘違いしてしまうのです。たとえば、「私は次の日曜日に何がしたいだろうか」という問いの答えを、土曜日のテレビ番組に教えてもらうということです。

「いま若者のあいだで話題になっていて、超流行っているヌードリング!あなたはもう体験しましたか?まだのあなた!まだまだやりたりないあなた!あしたは電車に揺られて、○○までお越しください!」

「でも・・・新しい趣味を増やすのって、お金がかかりそうだし、道具をそろえる手間も・・・」

「そんなことはありません!○○なら、道具一式セットでかりることができるので費用は多くかかりません!さらに!駅から無料の送迎バスが出ているので、実費は電車賃だけです!」

「へえ・・・!それなら行ってみようかな!」

「YES!ぜひこの機会に!みんなも乗り遅れるなよ!」



 こんなやりとりを漫然とした精神状況でながめていると、なんだか、自分が乗り遅れていて、「ちゃんと欲望していない」ような気持ちになってきて、急いで電話をとって、予約をいれてしまうのです。でも、それだけならいい。それだけならいいのですが、この人があとにどういう振る舞いをとるか考えてみましょう。

 同じように暇と退屈をもてあましている友人を誘って、ヌードリングをしにいく。楽しそうに振舞う。明らかにデカい声で、まるで「自分が心から楽しんでいることを周囲にアピールする」かのように、一生懸命遊び、一生懸命楽しみ、一生懸命モトをとろうとする。

 こういう人をたまにみかける。若者におおい。たとえば、どこでもいいんだけど、マクドナルド。学生風情が数人集まってなにやら話している。いや、「なにやら」ではなく、話している内容がすべてこちらに把握できるようになっている。「ようになっている」というのは、だべっている学生の声は「明らかに周囲に向けられた」ものなのです。アピールです。

・私には放課後おしゃべりできる友達がこんなにいます。
・しかもこんなに楽しいです。
・こんなに熱心におしゃべりできます。
・あなたはなに静かに独りで新聞読んでるんですか。
・私はこんなに楽しそうですよ。熱中していますよ。
・友達いないんですか。楽しめる仲間はいないんですか。
・私には、ほら、こんなにいますよ。

 修学旅行に来ている学生にもたまに出会います。おなじような振る舞いをみかけます。

・私は修学旅行にきていますよ。
・平日に制服で友達といっしょに東京をまわっていますよ。
・見慣れない制服でしょう?他県からきたからね。
・みて、すごい楽しそうで、すごい解放的でしょう。
・あなたはなんでそんな暗い顔して汗ふきながら急ぎ足で歩いているの?
・私たちは、こんなにブラブラしていて、自由で、楽しそうで、もうしぶんないでしょう?
・いやー楽しい。大好きな友達と、都会で自由に遊んでる私は幸福だと思いませんか?
・あなたも私と同じようにすればいいのになあ、そのビジネスバックすごくダサいですよ。
・楽しい!楽しい!楽しい!楽しい!楽しい!楽しい!

 私はかなりひねくれている性格なので、「わざわざ楽しい思い出を作らないと楽しい思い出が作れないような友達は、本当の意味で友達とはいえない」と思っております。もしこの学生が、ふだんから、かけがえのない友達と、楽しい思い出を刻んでいるのだとすれば、修学旅行でこんなにはしゃぐことはありません。ふだんより、ちょっと特別な夏の思い出ぐらいのものです。けれど、この学生は必死である。楽しむのに必死で、楽しい思い出を作るのに必死で、<みんなの写った写真をとる>のに必死で、撮った景色や情景はまったくどうでもよくなってくる。どんな思い出を遺すかに必死で、もっといえば、他の班の学生よりも、もっともらしい思い出を、楽しそうな思い出を遺すことに一生懸命なんです。こういう学生の最大の特徴は、こういうときだけカメラを肌身離さずもっていて、ふだんはプリクラ以外、なんの思い出も遺そうとしないところです。

まともな学生:日常生活≦修学旅行
こういう学生:日常生活<<<<<<<<<<<<<<修学旅行

 彼ら、彼女らに決定的に欠けているものは、「尽きない(みたされることのない)欲望」なのです。つまり、幾人かの若者は「尽きない欲望を持ちたいという欲望」に病んでいるのです。とても空虚で、とてもからっぽ。エンストです。ガス欠。それなのに空焚きして走っているようなもの。1億総うつ病も夢じゃない。

 フロイトが生まれ、その弟子ラカンが生まれた時代は、19世紀後半から、20世紀前半です。ちょうど、社会保障の基盤が整った時代です。

産業革命により資本主義が定着していくと、資本家から失業は個人の問題であり国による貧民救済は有害との主張がなされた。一方、工場労働者たちも防貧のために、自分たちの賃金の一部を出し合って助け合う共済組合を作っていった。共済組合は、イギリスでは友愛組合、ドイツでは疾病金庫などの名前で親しまれ、主に疾病と失業による雇用の中断の際の経済的保障を提供していた。これらは、共済内メンバーの所得保障等に寄与したが、一方で高齢者(退職した労働者)の貧困問題には対処できなかった。また、小規模の助け合いの仕組みでは給付水準も限られ不安定であった。
1883年、ドイツで初めて疾病保険が制定された。1884年には労災保険、1889年には年金保険が制定された。このように、社会保険制度を創設しつつ社会主義運動を弾圧する鉄血宰相オットー・フォン・ビスマルクの政策は「飴とムチ」の政策と呼ばれる。疾病保険は、既存の共済組合を利用したもので、経費の公費負担はなかったが、労災保険の費用は全額事業主負担だった。年金保険は30年以上保険料を払い込んだ70歳以上の高齢者に給付を行うものであり、公費負担が3分の1だった。ドイツで始まった社会保険の仕組みは、その後世界各国で導入されるようになる。
― wikipedia「社会保障」より


 18世紀後半から、19世紀にかけて産業革命が起こりました。社会保障のようなものが登場することになったコンテクストです。面白い記述が受験の参考書にあったので、ちょっと引用をしますね。

かりにSF風に自由にタイム=スリップができるとしよう。現在から順に過去にさかのぼっていくと、どのあたりで現在の世界とはまったく違う、べつの世界に入ったと感じるだろうか。むろん、小さな「変わり目」はくつもあるが、決定的に「違う」社会に入るのは、とくに西ヨーロッパでは18世紀末のことと思われる。
この境目をこえて18世紀に入ると、すでに都市はあるが、なお大半の人々は農村に住んでおり、大きな工場もなければ鉄道もない。仕事は家族がまとまってするのが普通で、家族は一日中、ほぼいっしょに行動している。学校や職場で、同じくらいの年齢のものが大勢集まっているなどということもまずない。人々は時間単位で雇われているのではないから、好きな時間に働き、好きな時間に休んでいる。町でも村でも、地域の人々はたがいに顔見知りで、たいていのことでは助け合いながら生活していた。
(中略)
このようにみてくると、現代の世界の基本ができあがったのは、この18世紀末から19世紀の初めのころであることがわかる。しかも、その変化は他のどの国よりも、まずイギリスにおいておこったといえる。このように考えて、この大転換を「産業革命」と呼んだのは、スラムの改良運動をおこなっていたイギリスの学者トインビーであった。19世紀後半に活躍したトインビーには、都市のスラムの生活にみられる貧困や病気・犯罪などの社会問題は、この「産業革命」が生み出した弊害である、と思われたのである。
― 木下/木村/吉田「詳説世界史研究」p.336より


 産業革命で、よくもわるくも、よきにつけあしきにつけ、個人が個人として生きていけるような世界の基礎ができあがっていた。個人の衣食住。加えて社会保障という秩序によって、マズローの欲求段階でいえば、1番目の欲求と、2番目の欲求がみたされるようになった。こりゃすげえことだ。

 このあと大きな戦争が2つ起こるけれど、精神分析なるものが必要になったのは、安定期に入ってからのことです。必死に食べるものを求めていたとき、必死に住む場所を求めていたとき、必死に秩序を求めていたとき、そんなときに精神分析なんてものはいらなかったのです。安定してしまって、何を求めてよいのかわからなくなって、「私は何のために戦い、何のために傷つき、何のために革命を起こしてきたのか」という問いに押しつぶされそうになった。そこで、精神分析という発想が必要になったのです。

 脱線になりますが、ウィリアム=モリスという革命家は優れた革命家であった。革命家というのは、よくもわるくも、「どうやって革命を起こそう」ということで頭がいっぱいになっている。労働者と手を組むかとかね。でもモリスは違ったのです。彼は「革命が起こったあとどうしよう」と考えていたのです。少しだけ引きます。

あなたも私も熱望してきたものが手に入ったとき、次は何をするのだろうか。目指してきた大革命は、夜の盗人のようにやってきて、いつの間にか足元にいる。革命が突然、劇の幕が閉じるように完成して、民衆の正しい心によって認められ、歓迎されるとしよう。そのとき私たちは、何をするのだろうか。あの辛い労働の時代を二度とつかまぬためにも、新しい腐敗を生み出さないために、私たちは何をすればいいのだろうか。新しい旗がかかげられたばかりの旗竿から立ち去り、新しい秩序を宣言するラッパの音色が耳元でまだ響いているとき、私たちは、次にどこへ向かうのだろうか。どこに向かっていく必要があるのだろうか。労働以外に、何に向かっていくのだろうか。
― ウィリアム=モリス「民衆の芸術」より


 世界史を履修していれば、「アーツアンドクラフツ」というのを聞いたことがあると思います。他でもないモリスがはじめた芸術運動です。産業革命が起こって、工場でたくさん生産できるようになりました。そのおかげ(せい)で、安いものが作れるようになりました。ところが、質は粗悪なものばかり。でも安いから、それが流通していったのです。モリスはその流れに立ち向かったのです。つまり、「生活に芸術を」をコンセプトにして、手仕事に還ろうと訴えたのです。*1

 あらかじめ考えていたから有用な芸術運動ができたのです。もちろんモリスの家が金持ちというのもあると思うけれど、革命がおこる前段階から、革命後はどうなるだろう、どうするべきだろうと考えていたモリスならではのスペシャルな運動だったと思います。

*1結局モリス協会の作品は高価で「市民生活」には浸透できませんでしたが、モリスの「生活と芸術の統一」という考え方がひろがっていき、美術運動を生んでいきました。



 閑話休題。モリスは「熱望してきたもの」が完成して、そこで完全燃焼することなく、芸術家としてやるべきことを見出し、再び欲望を火のように燃やしたのでした。精神分析の余地はありません。自分の才能を発揮する場所が、彼にはいくつかあったのですから。

私見では、西洋諸国の最も知的な青年たちは、自分の最もすぐれた才能を十分に発揮できる仕事が見つからないことに起因する不幸に陥りがちであることを認めなければならない。しかし、東洋諸国では、そういうことはない。今日、知的な青年たちは、世界中のどこよりも、たぶんロシアにおいて最も幸福である。そこには、創造すべき新世界があり、新世界を創造する際に拠るべき熱烈な信仰がある。
― バートランド=ラッセル「幸福論」p.162より


 ぼくたちには、才能を発揮する場所(仕事)がない。そもそも才能を自覚していない。つまり、向き不向き、得手不得手がわからない。熱望するものがないので、熟練したい技術もない。だから、「熱望できる何かを熱望して、欲望できる何かを欲望している」のです。いよいよ精神分析が必要になってくるのです。精神分析が生まれたコンテキストはこんな感じです。手続き記憶がしやすいようにまとめると、革命、保障(=秩序)、安定、どこに向かえばいいのかわからない、精神異常(=不安と絶望)、精神分析です。

 ラカンの臨床数は少ないです。理論より。フロイトの臨床数は多いです。失敗という失敗もすべて公表していたので、精神分析の発展にかなり役立ったそうです*2。そのなかでも有名なショートケーキの女の子の話をしましょう。

 女の子は苺の乗ったケーキを食べたいという夢想をしていました。その幻想の原因はどこから来るのかフロイトは精神分析します。女の子はべつに、「ショートケーキが食べたい→食べれない→幻想」というわけではないのです。この子は、自分が幸せそうにケーキを食べていると、親が満足することを知っていたのです。だから、両親にケーキをもらい、幸せそうに食べて、両親が欲求*3を満たす。この子は、両親の欲求を「自分(少女自身)」に向けてほしいのです。そうすることで、アイデンティティ(自分のいるという根拠のようなもの)を形成しようとしていたのです。

 幻想は、欲望の仕方を教えてくれる。自分が欲望していることを教えてくれる。ラカンは「欲望とは他者の欲望である」というようにいっております。他人がほしいものがほしい。他人との関係のなかでしか欲望がわからない。ところがヘーゲルは「欲望とは他者への欲望」だといいます。ぼくたちは、みんなから「意味」をもらって生きています。その「意味」で世界を構築していき、その中で「自分」を作っていくと考えることもできます。そうしたら、みんなに承認されない自分なんて、まったく意味のないものだと思えてくる。間主観性(インターサブジェクティビティ)*4です。

*2いまの時代は、すぐに医事訴訟になるので失敗を失敗と認めることすら困難になってきましたね・・・がっくし。
*3この場合なんだろう。「育児欲」とかネーミングされるのだろうか。
*4「場であります。場とは、共感された文脈、共有されたモノ。生きた文脈の共有の状態。異なる想いや主観を共有して客観化する。知というのは真空では作られません。同じ組織内の人間、顧客、サプライヤ、競合、大学、行政などとのやりとり、関係性の中で、異なる主観の人達と、主観の限界を超えて知を創造していく。みんなの主観を作るのが場。みんなの主観を共有していく、客観化していく、総合していく、そのような社会的な仕組みの中で知は作られる。想いが言葉に、言葉が形に。社会の知が創出されていく。組織的に知を作る。総合はまとめるではなく、弁証法でいう総、より高い次元で、アウフヘーベン、スパイラルアップ。難しい話ではありません。他者との関係性の中で、自分とは異なるそれぞれの主観をみんなの想いにする。相互主観性、インターサブジェクティビティ。みんなの主観にしていく。一人の主観を超えていこう。これを実現するのが場です。場というのは重要な役割を果たします。みんなの主観性を作り出すには、身体が触れ合わなければだめ。身体が触れることが重要。身体と身体が共感する。メルロポンティが言っていましたが、身体知。身体が共感するということ。」(『Innovation Sprint 2011 野中郁次郎先生の基調講演メモ』)



 親や教師、コーチ、上司、友達、恋人、とにかく他人が望んでいる人物像になる。こどもはそれがとても素直で、子どもの使う「○○になりたい」は欲望そのままである。たとえば、ヒーロー。戦隊でも、アンパンマンでもいいですが、「きみがいないとダメなんだ」とか、「いつも助けてくれてありがとう」とか、そういわれる存在でありたいと思い、そのまま「アンパンマンになりたい」などと不可解な供述をし始める←

 私が小さいころは、母子家庭だったので、とにかく母親が好きなものになろうと必死だった。いまでもそのきらいがあります。世間でいうところの、マザコンというやつです。マザコン息子は、おもしろい心理でもって女性をみるそうですね。「母親が嫌いなタイプの女性を嫌いになる」んだそうです。納得納得。私の恥ずかしい話を続けるとすれば、私は名探偵にあこがれてた時期があった。コナンくんとか、金田一の影響です。人からありがたがれるのはもちろんのこと、誰も気付けなかったトリックにいち早く気付き、それを堂々と発表する。そのとき、みんなが自分の話を興味深く聞いてくれる。そしてすべてのロジックがつながったとき、犯人とされる人が、参ったをする。逮捕は面倒なので、警察がやってくれる。次の日の新聞に「名探偵!またもお手柄!」と載る。

 本当によく憧れたものだった。だけど、ヒーローとか、名探偵とか、戦隊なんていう職業がないことを知った。たぶん、それなりにショッキングなことだったとおもう。話が過ぎるのもなんなので、引用をする。

あれがどうしてなのか、全然自分でも分からなかった(癖になっているかのようにそういう動きをいつもしていた)のですが、多分相手(女の子であることが圧倒的に多い)に「どうしてもそれをしてほしいんです」と切に願われて自己承認されたかったのでしょうね。それが好きだったのでしょう。(1)

つまり僕はジコショウニンフィリアだったのでしょう。ただ面白いのが、どっちかと言えばこれはジコショウニンフィリアの中でも特に狭義のようです。何かやった時に「君はすごいね」とか「○○だね(○○の中には社会的に○か人格的に○な言葉が入る)」と承認されたところで大して喜びがないのです。(2)

だから僕はあまり人に褒められることが好きじゃないのです。なんか素直に受け取れない。相手が困り顔で「お願いしたいの」と言われた時にこそ、何か真に褒められたような感覚がするようです。<3>

まだ気付いたばかりであまりうまく言葉にできませんが、僕は好きだったから無意識にでもあーいう行動をしていたのだ(嗜好を内在させた行動とでも言おうか)と理解できたことは、これからの行動修正をしていく中でカギになりそうです。ありがとうございました。(4)
― とある友達がくれたDM(Twitter)より ※転載許可済み


 ぼくが「フィリア(興奮をともなう性愛)は、フォビア(恐怖心)から来るんだ」という仮説を話したときDMで送ってきてくれたメッセージです。ぼくも、彼も、二十歳という大きな駅を通過しているというのに、いまだに精神分析がすすまない。「行動修正」
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普段入らないお店に入るという小さなリスクテイクで社会に生かされない人間として自立する訓練をする

2012.05.05.Sat
※リスクヘッジ(Risk Hedge)
危険を回避すること=リスクマネジメント

※リスクテイク(Risk Take)
損失を想定した上であえて危険な道を選ぶこと

 大恐慌や不況になると、人々は悪い均衡のコーディネーションに集まるということがわかっていて、この場合の均衡選択に関するアルゴリズムは存在していないんだそうです。ケインズの"Animal Spirits"という概念はたしか、需要の上昇傾向だった気がします。つまり、景気がよくなればなるほど、長期的な購買や投資に手を出すということなのです。逆に、震災や不況などで心理的な不安が高まると、短期的な購買(食べ物の買い占めなど)に走るのです。

 食料や衣料などが短期的、家電や車、あるいは住宅などが長期的な購買といえるでしょう。震災や不況のとき、政府がいかに"政治"できるかというところにかかっているのです。つまり、リスクヘッジ→リスクテイクへの転換ができるかというところなのです。

 ただ、私たちは社会に生きているわけですが、社会に生かされているわけではないということを把握しないとならないのです。生かされるのではなく、自ら積極性をもって社会の中で生きているのです。それすなわち、政府がやってくれないなら自分でやるほかない!ということなのです。

 現在の政府は脆弱です。誰がどうみてもそう判断を下すのではないかと思っております。複数均衡であるところを、(政策の結果的に)悪い均衡にばかり促しているように感じるのです。そうなると私たちは心理不安にかられますから、短期的な購買のみに制限されるのです。現在のアメリカが特にそうですね、薄っぺらい需要に経済が死んでます。TPPのおかげでオバマさんの株が騰がれば、少しはリスクテイクに変わるかもしれません。

 閑話休題。誤解をおそれずいいますと「リスクテイクをしないことが、もうリスクなのではないか」ということなのです。私たちの生活にある、あるいは社会にあるカリキュレイテッド=リスク(想定できる危険性)を見つけだし、それがリスクテイクしたほうがいいことなのかどうなのかを判断する力(リスク=リテラシー)をつけるべきなのかもしれません。

 べつに、私はここで「企業しろ!」とうたっているわけではなくて、リスクヘッジばかりして、短期的な購買ばかりになると、社会がつぶれてゆくから、もう少し楽観的になって、身の回りの小さいことからリスクテイクしようぜ、ということがいいたいのです。

 いままで入ったことのないお店に入ってみたら、頼んだことないメニューを注文してみたり、いつも通らない道を選んだり、怒られそうなことを言ってみたり、ちょっとだけ大袈裟なことを言ってみたり…

 これらは、リスクテイクすることが目的になっているから、結果は割とどうでもよく感じるのです。勇気を出して入ってみたお店が美味しくなくとも、勇気を出すことが目的ですから、味など結構どうだっていいのです。

 勇気や自信がない人は、リスクに強い人と一緒にいるのがよいです。いつだってリスクテイクする友達のあとに付いていってください。引っ張ってってもらってください。そうするとだんだん、自分は何もしてないのに、勇気や自信がついてくるのです。

 賢い人と一緒にいると(何もしなくとも)賢くなれるし、馬鹿なやつと一緒にいると(何もしてないのに)馬鹿になるのです。人は環境によって性格がかわるのです(=環境順応)。ギャルのなかにいれば、特に何をするわけでもなくギャルになることができるのです。バンドやってれば、勝手に楽器ができるようになるのです。

 失敗すると人が離れてゆくのは、失敗した人の近くにいると、何もしてないのに失敗するからなのです。成功したとき人が集まってくるのは、成功したいからなのです。失敗して周りに人がいなくなってしまったら、同じ境遇の人を探して、ともに立ち上がるのです。強い意志を持っている人と一緒にいれば、意志が強くなりますから。

 こういった人間の順応性はミラーニューロンなのでしょうか。私は詳しくしらないのですが、悪い均衡の中にいれば、本当に悪い均衡になるのです。社会に生かされてはいけないのです。生かされれば「社会次第」になってしまいますから。自信のある社会とか、活気のある社会とか、生命力のある社会ならよいのですが、いまのような脆弱で萎れた社会の中で生かされていても、自分が目減りしてゆくだけなのです。自分で生きるのです。いわゆる自立です。

 その第一歩として、小さなリスクを取る訓練をするのです。入ったことないお店にゆくのです。降りたことのない駅で降りるのです。名も知らないカフェにゆくのです。はじめてみた名前の著者の本を手にとってみるのです。リスクテイクはこういったところから始まります。幸運を祈ります。ありがとうございました。

幻想にいきる

2011.07.06.Wed
小さなころは神様がいて、不思議に夢を叶えてくれた。やさしい気持ちで、目覚めた朝は、大人になっても奇蹟は起こるよ。カーテンを開いて、静かな木漏れ日のやさしさに包まれたなら、きっと、目に写る全てのことは、メッセージ
(松任谷由実「やさしさに包まれたなら」より)

自分が発しているのと同じようなものが自分の周りに集まってくる。時々、「こんなものは私が望んだものじゃない!」と思うけど、やっぱり自分の中に似た部分があることを認めざるを得ない。他の人のどんな意見も行動も、自分はどう生きていきたいのかを考える材料になる。花には蝶が集う
(Twitter Account @chiyorin_com 6/7のツイートより)

頭の中に古い考えが頑張っていると、新しい情報が入ってくるのを拒否するから、せっかくの新しいメッセージも届かない
(工学者 糸川英夫)


 私たちの心の中、内側には、無限大に拡がる世界があるのです。私たちが、日常みているモノやコトというのは、私たちの内側にあるモノの一部なのです。

 一般的に現実と呼ばれるものは「外に出たモノ」であって、たとえばデータとかジェスチャとかルックスとか言葉とか表情なんかがそうなのです、が、思考とか着想とか思惑とか感情といったモノは、ほとんどが外に顕れることなく内側で消費されていくのです。

 外と内はリンクしているのです。ユング心理学ではないですが、心の奥で無意識が密かに抱く理想を、現実の価値観にしているのです。心の奥で「こうなれば幸せ」と願ったとして、現実でそうならなかった場合、不幸を感じてしまうのです。

 現実をさす「外にあるモノ」は、はっきりいって、意味を持っていないのです。小説「ナイン」から考えること意味を付与することで書いた通り、意味というのは事後的に自分のジャッジで決着するのです。そのジャッジの基準というものが、内側にある無意識の願い(desire)や幻想(daydream)なのです。

 余談になりますが、ブログを6年やっていて「考えるって何?」という質問を何度もいただいたことがあります。私が持ち合わせている答えは「考えるというのは、生きることであり、生きるということは、人生の出来事の意味を常に更新していくこと」ということなのです。

 ジャッジが変われば、意味は当然変わるのです。その判断基準である自分の中の幻想や願望が一皮向けたりすれば、意味というのは変わってくるのです。昨日「トリハダ」という番組で「ベトナム戦争の時、ベトナムの少女は、アメリカ兵に父を殺され、その人をずっと恨んでいたが、33年の時を経て、たった1枚しかなかった父との写真をそのアメリカ人から受け取るために対面することになり、会うやいなや歓喜に溺れた(要約下手でごめんね><)」という内容の番組がやっていました。

 読者様も「あの時は恨んでいたけど、今は…」という経験があるんじゃないかと思うのです。考えることで、生きることで、時が経つことで、意味が更新されて、新しいメッセージを受け取ることができたということなのです。余談を続けます。

 「時が解決してくれる」という言葉があるのです。小さいころは、どうしてそんなことがあるのかわかりませんでした。でも、いまはわかるのです。時は、私たちが想像しているより遥かに、大きな力を持っているのです。世界には、様々な「力」が溢れているのです。私や、あるいは読者様が「自分は無力で何もできない」と歎いたことがあったとしても、重力・引力・張力・摩擦力・浮力…etc、世界に溢れている「力」を利用することで、私たちは困難や艱難を乗り超えることができるのです。

 時が解決というのは、時間の経過とともに様々な力が作用して、なかば強引に意味を変えてくれることをいうのです。「どうにかなるさ」という言葉も、単なる気休めなんかではなく、本当にそうなのです。

 閑話休題。意味が変わるということは、出来事が新しく生まれ変わるということなのです。それを示すワードが「新鮮」なのです。読者様は、日常から新鮮さを感じているでしょうか。もし感じていないと思うのであれば、おそらく、更新不足ではないかと思うのです。

 どんなことにも言えるのですが、更新は面倒なことなのです。新しいシステムや新しいサービスを受けるために更新するのです。それは良いのですが、なにより、前提が変わることが面倒であり、恐怖でもあるのです。だから、私たちはついつい、更新することを忌避して、新鮮さより慣れに重きを置くのです。その弊害が「形骸化した形式(伝統)」というやつなのですね。

 意味や前提が更新され続けている伝統というのは、形骸化せずに、新しいメッセージを発信しつづけているのです。江戸風鈴に、現在、どのような創意工夫がなされているかご存知でしょうか。「型破り」こそが、次のメッセージを受け取る手段なのです。

 「問題意識」というものがあるのです。幻想や願望を現実に反映させるための重要なモノなのです。「外に出す」ためには、目に見えるカタチにしないといけないのです。たとえば、心の中のモノが言語化されて、外に出るためには。普段から問題意識を持っていないとならないのです。

 私たちが「そこにあるモノ」に気付かない限り、それは見えないし、それは「無い」ことになるのです。相手に聞こえないなら、言ってないのと同じだということなのです。現実というのは、そこから、「それを受け取る人に影響があるもの」を言うのです。

 たとえば、名前も知らない無害の深海魚や、ブラジルで起こった盗難事件、空き地に生息するミミズ、そういった「影響のないもの」は現実ではないということなのです。言葉を変えれば、「無いのと同じ」なのです。

 意味というのは、この「無い」を「有る」に変えることを言うのです。それを成し得るのが「問題意識(気にかけること)」なのです。政治を意識しない人にとって、行政のなすことは「無い」のと同じ。だけど、タバコの税が騰がるよってなったときに、急に現実になるのです。

 画家や詩人や科学者は、私たちが普段視界から「消している」細かい部分を繊細に見続けているのです。

 重い喘息の人にとって、1°でも道が登り坂になっていれば苦しいのです。それは健常者が普段「無いことにしている」勾配なのです。

 クジラを保存したい人にとって捕鯨は反逆行為なのです。それは捕鯨文化のある国にとっては、何の罪の意識もないのです。

 遠い遠いお星様のことなんて7/7日にちょっと意識するぐらいだけど、天文学者にとっては超重要な現実なのですね。

 閑話休題。私たちの生きる原動力はなんでしょうか。「なんで生きてるんだろう」とか「生きる意味がわからない」「なんとなく念のために生きている」という人は、意外と少なくないんじゃないかと思うのです。

 CNNの記事に「Why the happiest has the highest suicide rate?(なぜ最も幸せな状態が、最も高い自殺率を生むのだろうか)」というのがありました。彼らが自殺してしまう理由は、それ以上幸せになれなくて、逆に不幸せで、生きる原動力を失ってしまったからだというのです。

 つまり、私たちの生きる原動力というのは、「いま幸せだから」とか「いま欲しいモノに囲まれてるから」といったことではなくて、自分が思い描く理想や願望や幻想にあるのです。「こうなりたい」と願うから生きつづけるのです。そういった願望やファンタジーのない人が自殺したり、あてもなくただ人生を粗末にするのです。

 恋をする人は、相手に幻想や願望を読み取るのです。恋する人は恋できる人であって、それに感動する人は感動できる人なのです。写真というのは思い出の記録ですが、写真自体に感動があるわけではないのです。だけど、感動できる人は、自分の感動したことをずっと憶えているものなのです。

 写真を撮るのが好きだという人の数多くは、感動することを知っている人だと思うのです。もちろん一眼レフなどで作品を造る創作は別として、思い出を記録しておきたいと思う人は、感動を大事にできる人なのです。感動を大事にするということは、意味を大切にするということで、うまくいけば、その意味を更新しようと思っているのです。

 「保存の本質」は後で取り出すところにあるのです。写真や日記というのは、冷蔵庫やジャム瓶と同じように、後でもう一度見直して、意味を考えなおすところに本質があるのです。書いたら書きっぱなし、撮ったら撮りっぱなしなんてことは、なかなかもって本質をわかっていないのです。

 すべての感動は自分のなかで生き続けるのです。旅先での風景や、古典、名作などなど、あらゆる感動が自分の糧になるのです。私は、高校生の時に彼女に誘われた聴きに行った合唱部の定期発表会で、感動したことをいまだに忘れていません。どこに誰が立っていてとか、曲目は何でとか、何時開演でとかは一切憶えていないのですが、そこで感動したことを憶えているし、思い出すたびに感動しています。

 若いころに古典や名作を読む意義は、大人になってもう一度読み返した時に、確かなインデックスになるからなのです。あの頃、この作品から感じた感動と、大人になってから感じた感動というのはおそらく大きく違うのです。じぶんが どれほど成長し、どんな風に成長していったのか、そしてこの先どう成長していくのか、あらゆる指標となること間違いないのです。

 哲学者や詩人の言葉は、彼らの繊細で微細な問題意識を外に出すために言語化された、ある意味で優れた言葉なのです。それを心で読むことは、限りなく感動的なことなのです。それを2chのネラーのように、ひとことで要約したり、3行でまとめて喜んでいるようでは儚むべきものになってしまうのです。

 私もこの記事を要約することができるし、もっとまとめることもできますが、そういった経済的で愚かなことをしないのが私の性分なのですね。言葉というのは、その人の幻想やファンタジーにそって外に放出するための貴重で繊細なものなのです。それは、言い換えたり、要約できるものではないのです。ひとつひとつの言葉や言い回しに、それぞれの「見えない」世界があるのです。

 閑話休題。意味は事後的に決着するといいましたが、たとえば「思春期」や「幼年期」というのは大人の視点から見た言葉であって、幼年のころに幼年を懐かしむことはできないし、思春期の頃に思春期の意味を考えることは気でないのです。

 幼年期の意味は、幼年期を過ぎ去ってから決着するのです。思春期の意味も同様なのです。私の両親は、私が小学生の時に不仲がたたって離婚しました。そこだけ見ると、私は不幸な子供だったでしょう。もちろん嫌なことはたくさんあったし、家にいるだけできまずい時もたくさんありました。

 ですが、幼年期のころにあった出来事の意味はまだ決定できないし、他人にはなおさら決めることのできない私だけの出来事の意味があるのです。だから私は、親の離婚がマイナスの意味だけを終わることを絶対に避けたいと思っているのです。あらゆることをしてきました。離婚を理解した中学生の時は、学校ではできるだけあへらあへらして、親の離婚が自分の周りに影響ないことを知り、高校生の時は、似たような境遇をもった人に同感することもできました。いまもまだ幼年期の意味を決定することはできていないのです。その時は、その時の自分を生きているだけなのです。

幼年は、思い出せる人にだけ懐かしい。幼年時代のことを憶えていて懐かしむことのできる人は、貴重な内的財産をもっている人なのだ。大人は今も子供の心を持ちこたえているが、もはや子供ではない。前を向いて歩きながら後ろも見ている。幼年とは自分が何かあるものに意識を向けて考え始めた時に、思いがけない形で生じてくるものであり、もともとぽつんとそこにあるものではない。それは目に見えないがその気になれば、いつもで別世界から飛び出してくることができる。ただし、それは自分の心に受け皿があり、理解し共鳴できる何かがあるときにはじめて関わりが生じるのである。思い出にふと気づくとき、人はトランプを操る手品師のように、ヒュッとちがうカードをてにしている。
(小原信「ファンタジーの発想」より)
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