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欲望する場所のはなし

2012.09.13.Thu

Car là où est votre trésor, là sera aussi votre cœur.
あなたの宝があるところ、そこにまた、あなたの心があるのだから

― ルカによる福音書12章34節より



 本稿では、欲望についてgdgdと書いていこうと思う。つまり、ラカンが出てくる。ラカンは難解だ。ラカニアンはもっと難解だ。それでも、高校生レベルに落とし込みたいです。脱線ばかりするので、ぜんたいてきに長くなるけれど、休みながらゆっくり読んでくださればはっぺーです。



 ジャック=ラカンという精神分析学者がおった。こう言った、

それがあったところに、私もあらねばならない


 人間の根源的な姿、もともとあったはずの本来的な形にもどろうとする「欲望」を自覚して、認めて、欠如した主体を取り戻そうとすることをよしとする。「幻想」がそれを遮断する。ラカンの言葉をつかえば、「現実界」と出会わないように阻止するのです。

 幻想にまどわされて、欲望がみたされたと錯覚する。でも、本当はみたされてない。あるいは、小乗仏教のように「大欲は無欲に似たり」と説いてみたり、ゼノンもびっくりなほどに禁欲してみたり、これらはひとつの処世術であって、悪く言えば「ごまかし」なのです。

 ラカンは言う、欲望することに妥協するな、と。欲求はみたすことができるけれど、欲望はみたされることがない。欲求は受動的(外からやってくる)で、欲望は能動的(内からわいてくる)のです。「欲望は本質的に個人的だ」といわれるように、内側からわいてくるものですから、私の欲望と、あなたの欲望は姿かたちは、大小あれども、たがうわけです。

 幻想。外からやってくる欲求を、自分の欲望だと勘違いしてしまうのです。たとえば、「私は次の日曜日に何がしたいだろうか」という問いの答えを、土曜日のテレビ番組に教えてもらうということです。

「いま若者のあいだで話題になっていて、超流行っているヌードリング!あなたはもう体験しましたか?まだのあなた!まだまだやりたりないあなた!あしたは電車に揺られて、○○までお越しください!」

「でも・・・新しい趣味を増やすのって、お金がかかりそうだし、道具をそろえる手間も・・・」

「そんなことはありません!○○なら、道具一式セットでかりることができるので費用は多くかかりません!さらに!駅から無料の送迎バスが出ているので、実費は電車賃だけです!」

「へえ・・・!それなら行ってみようかな!」

「YES!ぜひこの機会に!みんなも乗り遅れるなよ!」



 こんなやりとりを漫然とした精神状況でながめていると、なんだか、自分が乗り遅れていて、「ちゃんと欲望していない」ような気持ちになってきて、急いで電話をとって、予約をいれてしまうのです。でも、それだけならいい。それだけならいいのですが、この人があとにどういう振る舞いをとるか考えてみましょう。

 同じように暇と退屈をもてあましている友人を誘って、ヌードリングをしにいく。楽しそうに振舞う。明らかにデカい声で、まるで「自分が心から楽しんでいることを周囲にアピールする」かのように、一生懸命遊び、一生懸命楽しみ、一生懸命モトをとろうとする。

 こういう人をたまにみかける。若者におおい。たとえば、どこでもいいんだけど、マクドナルド。学生風情が数人集まってなにやら話している。いや、「なにやら」ではなく、話している内容がすべてこちらに把握できるようになっている。「ようになっている」というのは、だべっている学生の声は「明らかに周囲に向けられた」ものなのです。アピールです。

・私には放課後おしゃべりできる友達がこんなにいます。
・しかもこんなに楽しいです。
・こんなに熱心におしゃべりできます。
・あなたはなに静かに独りで新聞読んでるんですか。
・私はこんなに楽しそうですよ。熱中していますよ。
・友達いないんですか。楽しめる仲間はいないんですか。
・私には、ほら、こんなにいますよ。

 修学旅行に来ている学生にもたまに出会います。おなじような振る舞いをみかけます。

・私は修学旅行にきていますよ。
・平日に制服で友達といっしょに東京をまわっていますよ。
・見慣れない制服でしょう?他県からきたからね。
・みて、すごい楽しそうで、すごい解放的でしょう。
・あなたはなんでそんな暗い顔して汗ふきながら急ぎ足で歩いているの?
・私たちは、こんなにブラブラしていて、自由で、楽しそうで、もうしぶんないでしょう?
・いやー楽しい。大好きな友達と、都会で自由に遊んでる私は幸福だと思いませんか?
・あなたも私と同じようにすればいいのになあ、そのビジネスバックすごくダサいですよ。
・楽しい!楽しい!楽しい!楽しい!楽しい!楽しい!

 私はかなりひねくれている性格なので、「わざわざ楽しい思い出を作らないと楽しい思い出が作れないような友達は、本当の意味で友達とはいえない」と思っております。もしこの学生が、ふだんから、かけがえのない友達と、楽しい思い出を刻んでいるのだとすれば、修学旅行でこんなにはしゃぐことはありません。ふだんより、ちょっと特別な夏の思い出ぐらいのものです。けれど、この学生は必死である。楽しむのに必死で、楽しい思い出を作るのに必死で、<みんなの写った写真をとる>のに必死で、撮った景色や情景はまったくどうでもよくなってくる。どんな思い出を遺すかに必死で、もっといえば、他の班の学生よりも、もっともらしい思い出を、楽しそうな思い出を遺すことに一生懸命なんです。こういう学生の最大の特徴は、こういうときだけカメラを肌身離さずもっていて、ふだんはプリクラ以外、なんの思い出も遺そうとしないところです。

まともな学生:日常生活≦修学旅行
こういう学生:日常生活<<<<<<<<<<<<<<修学旅行

 彼ら、彼女らに決定的に欠けているものは、「尽きない(みたされることのない)欲望」なのです。つまり、幾人かの若者は「尽きない欲望を持ちたいという欲望」に病んでいるのです。とても空虚で、とてもからっぽ。エンストです。ガス欠。それなのに空焚きして走っているようなもの。1億総うつ病も夢じゃない。

 フロイトが生まれ、その弟子ラカンが生まれた時代は、19世紀後半から、20世紀前半です。ちょうど、社会保障の基盤が整った時代です。

産業革命により資本主義が定着していくと、資本家から失業は個人の問題であり国による貧民救済は有害との主張がなされた。一方、工場労働者たちも防貧のために、自分たちの賃金の一部を出し合って助け合う共済組合を作っていった。共済組合は、イギリスでは友愛組合、ドイツでは疾病金庫などの名前で親しまれ、主に疾病と失業による雇用の中断の際の経済的保障を提供していた。これらは、共済内メンバーの所得保障等に寄与したが、一方で高齢者(退職した労働者)の貧困問題には対処できなかった。また、小規模の助け合いの仕組みでは給付水準も限られ不安定であった。
1883年、ドイツで初めて疾病保険が制定された。1884年には労災保険、1889年には年金保険が制定された。このように、社会保険制度を創設しつつ社会主義運動を弾圧する鉄血宰相オットー・フォン・ビスマルクの政策は「飴とムチ」の政策と呼ばれる。疾病保険は、既存の共済組合を利用したもので、経費の公費負担はなかったが、労災保険の費用は全額事業主負担だった。年金保険は30年以上保険料を払い込んだ70歳以上の高齢者に給付を行うものであり、公費負担が3分の1だった。ドイツで始まった社会保険の仕組みは、その後世界各国で導入されるようになる。
― wikipedia「社会保障」より


 18世紀後半から、19世紀にかけて産業革命が起こりました。社会保障のようなものが登場することになったコンテクストです。面白い記述が受験の参考書にあったので、ちょっと引用をしますね。

かりにSF風に自由にタイム=スリップができるとしよう。現在から順に過去にさかのぼっていくと、どのあたりで現在の世界とはまったく違う、べつの世界に入ったと感じるだろうか。むろん、小さな「変わり目」はくつもあるが、決定的に「違う」社会に入るのは、とくに西ヨーロッパでは18世紀末のことと思われる。
この境目をこえて18世紀に入ると、すでに都市はあるが、なお大半の人々は農村に住んでおり、大きな工場もなければ鉄道もない。仕事は家族がまとまってするのが普通で、家族は一日中、ほぼいっしょに行動している。学校や職場で、同じくらいの年齢のものが大勢集まっているなどということもまずない。人々は時間単位で雇われているのではないから、好きな時間に働き、好きな時間に休んでいる。町でも村でも、地域の人々はたがいに顔見知りで、たいていのことでは助け合いながら生活していた。
(中略)
このようにみてくると、現代の世界の基本ができあがったのは、この18世紀末から19世紀の初めのころであることがわかる。しかも、その変化は他のどの国よりも、まずイギリスにおいておこったといえる。このように考えて、この大転換を「産業革命」と呼んだのは、スラムの改良運動をおこなっていたイギリスの学者トインビーであった。19世紀後半に活躍したトインビーには、都市のスラムの生活にみられる貧困や病気・犯罪などの社会問題は、この「産業革命」が生み出した弊害である、と思われたのである。
― 木下/木村/吉田「詳説世界史研究」p.336より


 産業革命で、よくもわるくも、よきにつけあしきにつけ、個人が個人として生きていけるような世界の基礎ができあがっていた。個人の衣食住。加えて社会保障という秩序によって、マズローの欲求段階でいえば、1番目の欲求と、2番目の欲求がみたされるようになった。こりゃすげえことだ。

 このあと大きな戦争が2つ起こるけれど、精神分析なるものが必要になったのは、安定期に入ってからのことです。必死に食べるものを求めていたとき、必死に住む場所を求めていたとき、必死に秩序を求めていたとき、そんなときに精神分析なんてものはいらなかったのです。安定してしまって、何を求めてよいのかわからなくなって、「私は何のために戦い、何のために傷つき、何のために革命を起こしてきたのか」という問いに押しつぶされそうになった。そこで、精神分析という発想が必要になったのです。

 脱線になりますが、ウィリアム=モリスという革命家は優れた革命家であった。革命家というのは、よくもわるくも、「どうやって革命を起こそう」ということで頭がいっぱいになっている。労働者と手を組むかとかね。でもモリスは違ったのです。彼は「革命が起こったあとどうしよう」と考えていたのです。少しだけ引きます。

あなたも私も熱望してきたものが手に入ったとき、次は何をするのだろうか。目指してきた大革命は、夜の盗人のようにやってきて、いつの間にか足元にいる。革命が突然、劇の幕が閉じるように完成して、民衆の正しい心によって認められ、歓迎されるとしよう。そのとき私たちは、何をするのだろうか。あの辛い労働の時代を二度とつかまぬためにも、新しい腐敗を生み出さないために、私たちは何をすればいいのだろうか。新しい旗がかかげられたばかりの旗竿から立ち去り、新しい秩序を宣言するラッパの音色が耳元でまだ響いているとき、私たちは、次にどこへ向かうのだろうか。どこに向かっていく必要があるのだろうか。労働以外に、何に向かっていくのだろうか。
― ウィリアム=モリス「民衆の芸術」より


 世界史を履修していれば、「アーツアンドクラフツ」というのを聞いたことがあると思います。他でもないモリスがはじめた芸術運動です。産業革命が起こって、工場でたくさん生産できるようになりました。そのおかげ(せい)で、安いものが作れるようになりました。ところが、質は粗悪なものばかり。でも安いから、それが流通していったのです。モリスはその流れに立ち向かったのです。つまり、「生活に芸術を」をコンセプトにして、手仕事に還ろうと訴えたのです。*1

 あらかじめ考えていたから有用な芸術運動ができたのです。もちろんモリスの家が金持ちというのもあると思うけれど、革命がおこる前段階から、革命後はどうなるだろう、どうするべきだろうと考えていたモリスならではのスペシャルな運動だったと思います。

*1結局モリス協会の作品は高価で「市民生活」には浸透できませんでしたが、モリスの「生活と芸術の統一」という考え方がひろがっていき、美術運動を生んでいきました。



 閑話休題。モリスは「熱望してきたもの」が完成して、そこで完全燃焼することなく、芸術家としてやるべきことを見出し、再び欲望を火のように燃やしたのでした。精神分析の余地はありません。自分の才能を発揮する場所が、彼にはいくつかあったのですから。

私見では、西洋諸国の最も知的な青年たちは、自分の最もすぐれた才能を十分に発揮できる仕事が見つからないことに起因する不幸に陥りがちであることを認めなければならない。しかし、東洋諸国では、そういうことはない。今日、知的な青年たちは、世界中のどこよりも、たぶんロシアにおいて最も幸福である。そこには、創造すべき新世界があり、新世界を創造する際に拠るべき熱烈な信仰がある。
― バートランド=ラッセル「幸福論」p.162より


 ぼくたちには、才能を発揮する場所(仕事)がない。そもそも才能を自覚していない。つまり、向き不向き、得手不得手がわからない。熱望するものがないので、熟練したい技術もない。だから、「熱望できる何かを熱望して、欲望できる何かを欲望している」のです。いよいよ精神分析が必要になってくるのです。精神分析が生まれたコンテキストはこんな感じです。手続き記憶がしやすいようにまとめると、革命、保障(=秩序)、安定、どこに向かえばいいのかわからない、精神異常(=不安と絶望)、精神分析です。

 ラカンの臨床数は少ないです。理論より。フロイトの臨床数は多いです。失敗という失敗もすべて公表していたので、精神分析の発展にかなり役立ったそうです*2。そのなかでも有名なショートケーキの女の子の話をしましょう。

 女の子は苺の乗ったケーキを食べたいという夢想をしていました。その幻想の原因はどこから来るのかフロイトは精神分析します。女の子はべつに、「ショートケーキが食べたい→食べれない→幻想」というわけではないのです。この子は、自分が幸せそうにケーキを食べていると、親が満足することを知っていたのです。だから、両親にケーキをもらい、幸せそうに食べて、両親が欲求*3を満たす。この子は、両親の欲求を「自分(少女自身)」に向けてほしいのです。そうすることで、アイデンティティ(自分のいるという根拠のようなもの)を形成しようとしていたのです。

 幻想は、欲望の仕方を教えてくれる。自分が欲望していることを教えてくれる。ラカンは「欲望とは他者の欲望である」というようにいっております。他人がほしいものがほしい。他人との関係のなかでしか欲望がわからない。ところがヘーゲルは「欲望とは他者への欲望」だといいます。ぼくたちは、みんなから「意味」をもらって生きています。その「意味」で世界を構築していき、その中で「自分」を作っていくと考えることもできます。そうしたら、みんなに承認されない自分なんて、まったく意味のないものだと思えてくる。間主観性(インターサブジェクティビティ)*4です。

*2いまの時代は、すぐに医事訴訟になるので失敗を失敗と認めることすら困難になってきましたね・・・がっくし。
*3この場合なんだろう。「育児欲」とかネーミングされるのだろうか。
*4「場であります。場とは、共感された文脈、共有されたモノ。生きた文脈の共有の状態。異なる想いや主観を共有して客観化する。知というのは真空では作られません。同じ組織内の人間、顧客、サプライヤ、競合、大学、行政などとのやりとり、関係性の中で、異なる主観の人達と、主観の限界を超えて知を創造していく。みんなの主観を作るのが場。みんなの主観を共有していく、客観化していく、総合していく、そのような社会的な仕組みの中で知は作られる。想いが言葉に、言葉が形に。社会の知が創出されていく。組織的に知を作る。総合はまとめるではなく、弁証法でいう総、より高い次元で、アウフヘーベン、スパイラルアップ。難しい話ではありません。他者との関係性の中で、自分とは異なるそれぞれの主観をみんなの想いにする。相互主観性、インターサブジェクティビティ。みんなの主観にしていく。一人の主観を超えていこう。これを実現するのが場です。場というのは重要な役割を果たします。みんなの主観性を作り出すには、身体が触れ合わなければだめ。身体が触れることが重要。身体と身体が共感する。メルロポンティが言っていましたが、身体知。身体が共感するということ。」(『Innovation Sprint 2011 野中郁次郎先生の基調講演メモ』)



 親や教師、コーチ、上司、友達、恋人、とにかく他人が望んでいる人物像になる。こどもはそれがとても素直で、子どもの使う「○○になりたい」は欲望そのままである。たとえば、ヒーロー。戦隊でも、アンパンマンでもいいですが、「きみがいないとダメなんだ」とか、「いつも助けてくれてありがとう」とか、そういわれる存在でありたいと思い、そのまま「アンパンマンになりたい」などと不可解な供述をし始める←

 私が小さいころは、母子家庭だったので、とにかく母親が好きなものになろうと必死だった。いまでもそのきらいがあります。世間でいうところの、マザコンというやつです。マザコン息子は、おもしろい心理でもって女性をみるそうですね。「母親が嫌いなタイプの女性を嫌いになる」んだそうです。納得納得。私の恥ずかしい話を続けるとすれば、私は名探偵にあこがれてた時期があった。コナンくんとか、金田一の影響です。人からありがたがれるのはもちろんのこと、誰も気付けなかったトリックにいち早く気付き、それを堂々と発表する。そのとき、みんなが自分の話を興味深く聞いてくれる。そしてすべてのロジックがつながったとき、犯人とされる人が、参ったをする。逮捕は面倒なので、警察がやってくれる。次の日の新聞に「名探偵!またもお手柄!」と載る。

 本当によく憧れたものだった。だけど、ヒーローとか、名探偵とか、戦隊なんていう職業がないことを知った。たぶん、それなりにショッキングなことだったとおもう。話が過ぎるのもなんなので、引用をする。

あれがどうしてなのか、全然自分でも分からなかった(癖になっているかのようにそういう動きをいつもしていた)のですが、多分相手(女の子であることが圧倒的に多い)に「どうしてもそれをしてほしいんです」と切に願われて自己承認されたかったのでしょうね。それが好きだったのでしょう。(1)

つまり僕はジコショウニンフィリアだったのでしょう。ただ面白いのが、どっちかと言えばこれはジコショウニンフィリアの中でも特に狭義のようです。何かやった時に「君はすごいね」とか「○○だね(○○の中には社会的に○か人格的に○な言葉が入る)」と承認されたところで大して喜びがないのです。(2)

だから僕はあまり人に褒められることが好きじゃないのです。なんか素直に受け取れない。相手が困り顔で「お願いしたいの」と言われた時にこそ、何か真に褒められたような感覚がするようです。<3>

まだ気付いたばかりであまりうまく言葉にできませんが、僕は好きだったから無意識にでもあーいう行動をしていたのだ(嗜好を内在させた行動とでも言おうか)と理解できたことは、これからの行動修正をしていく中でカギになりそうです。ありがとうございました。(4)
― とある友達がくれたDM(Twitter)より ※転載許可済み


 ぼくが「フィリア(興奮をともなう性愛)は、フォビア(恐怖心)から来るんだ」という仮説を話したときDMで送ってきてくれたメッセージです。ぼくも、彼も、二十歳という大きな駅を通過しているというのに、いまだに精神分析がすすまない。「行動修正」
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